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 低い角度から朝日が差し込む。
天蓋がぼんやりと開いた目の奥で像を結ぶ。一瞬後に、陽子は衾褥から跳ね上がるように体を起こす。
「桓魋…!!」
朝日が眩しい。
 呆然と陽子は瞬きをする。ずるりと衾がずり落ち、視界の隅で何かがきらりと光を弾く。靠枕元に置いてあったのは、年季が入った封筒だった。手紙のようなものと、何かが重なって入っている。これが光を弾いたのか。
 震える指でそれを手に取る。夢中で手紙を引っ張り出し、陽子は座り込みながら一気にそれを読んでいく。封筒から一枚の紙が、滑り落ちる。
 激しく視線が動きながら、予想外の送り主からの手紙を握り締める陽子の手が震える。額を衾褥にこすりつけ書き連ねられた内容に、そして封筒に入っていたものに、陽子はすすり泣いた。

 手紙の主は、蘭玉だった。

手紙を読み終え視界の端に写る、添えられた紙に連ねられた桓魋の字だけが、馬鹿みたいに静かに視線を通じて流れる。

 陽子へ。
浩瀚様を救出する直前の作戦の時に、この手紙を蘭玉から預かっていた。中身は俺も読んでいない。ただかつて蘭玉は、俺の好きな時にお前に渡してくれと言っていた。だから、今、渡そうと思う。きっと蘭玉のことだから、お前の背を押す言葉を書いていると思うんだ。
あと一つ同封したものは、俺がずっとお前に渡したいと思っていたものだ。俺の見立てだからお前が気に入るかどうかは分からないが…どうか受け取って欲しい。
 元気で。

 封筒の中から顔を覗かせていたのは、新しい簪だった。

 紅の髪を垂らす陽子の顔は見えない。ほどけた帯にきつく手紙を入れた封筒を差し込む。陽子は牀を滑るように降り、ふらりと自室の扉を開け放つ。そのまま臆せず彼女は歩き去っていく。
 固くほつれた前髪の割れ目から、まっすぐどこかを見つめる陽子の鋭い瞳が覗く。

 裸足のまま歩む彼女の手には鈍い光を放つ水禺刀が握られていた。だが陽子の目の前に、影が走る。自分の行く道を阻んだ人影に、陽子は顔を上げる。
「…浩瀚様」
 つい、王になる前の呼び名で呼んでしまった。
 だが浩瀚はいつものように注意することなく、苦笑しながら陽子を見つめるだけだった。
「…どうぞ気楽な言葉をお使いください。これでも―――長い仲ですから」
 そして、僅かに視線を暗くする。
「貴方でも、桓魋は止まりませんでしたか」
 陽子は眸を伏せる。いや、と静かに彼女は首を横に振った。独り言のように、陽子は呟く。

「買いかぶりでなければ…私だからこそ…桓魋は止まらなかったんだ」

 ぴくりと浩瀚の動きが止まる。沈黙が二人のあいだを抜けていく。
「塙王につけ込まれ、桓魋は私を失いたくないと…自分から飛び出していってしまった。彼の決断に、私は何も口出しすることもできなかった」
 強く拳を握り込む。
「…確かに私は不甲斐ない…。きっとみんなが不安に思う部分もたくさんある。現に…靖共にものされ、塙王にも付け込まれることになったしな…私が王として軽んじられている部分が多大にあることは原因の一つだろう」
ゆらりと陽子の瞳が陽炎のような揺らめきをたたえる。だけどいくらそうだとは言え。

「さすがに貴方も桓魋も靖共達も…私を舐めすぎだ」

 翡翠が歪む。ぞくり、と浩瀚の肌が粟立つ。少女の殺気に、背筋がしびれる。
目がそらせない一瞬の時間。だが次の瞬間には、ふっと彼女は自ら緊張をといた。
「確かに…私は玉座にふさわしい人間だなどとは思ってはいない。だけど、さすがに貴方にまでそんな風に見られていたと思うと、私は悲しい。何故、もっと早く教えてくれなかったのですか。信頼が置ける長い仲なんじゃなかったのですか」
 本音なのか、かつてのように浩瀚に向けられた陽子の言葉には敬語が混ざる。こんな時にも関わらず、久しぶりに見るその顔に浩瀚は微かに苦笑して視線を伏せる。いえ、と彼は穏やかに首を振った。
「ただ…貴方の身を案じる私の心配が過ぎただけです。それはきっと桓魋も同じ」

 そういう彼は、静かに陽子の目の前から体を引く。
「ひょっとしたら、貴方も桓魋を追ってしまうかもしれないと感じて、ここまできました。でも、今の貴方は他にやらなくてはならないことがあるのでしょう。ここからはいくら貴方を止めても…無駄なのでしょう」
 陽子はまっすぐ浩瀚を見据える。霖雪の話してくれたこの王宮にいる黒幕の一人に薄暗い感情が沸く。水禺刀を握る腕に力が篭る。
 浩瀚様。

「後のことはお願いします」
 

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「しゅ、しゅしゅしゅ…主上?!一体なんのつもりですかなこれは?!!ち、血迷われましたか!!!」
 白銀の刃を首筋に突きつけられた靖共が、彼の取り巻きがどよめく。だが陽子の表情は変わらないまま、冷たい瞳が靖共を貫く。
「もう十分だ…。茶番は飽きた。巧国にこの国の内部情報を売るとはいい度胸じゃないか、靖共」
 ぴたりと靖共の動きが止まる。ゆっくりと言葉が押し出される。
「全て…お知りになったのですか」
「…おとなしく縄に付け。もうお前の悪事もすべて終わりだ。禁軍を出動させ、すべてを収束させる」
 陽子の突きつける白銀が鋭く輝く。だがハン、と開き直ったように靖共はふてぶてしく笑う。
「言われますなぁ主上…惚れ惚れするようなお言葉です。正直貴方を甘く見ていた…」
 言葉を続けようとして、陽子はふと異変に気がつく。
 その瞬間鼻を刺すように奥の方から漂う血の匂いに、陽子の動きが止まった。陽子から目隠しのように立っていた衝立をずらす靖共がゆったりと笑う。
「ですが…主上は恐らくすぐに禁軍を動かせないと思いますがな」
 愕然とする。

衝立の向こうにいたのは―――骸として積み重なる禁軍三将軍だった。

「お前…!!!!」
「はっはあ!!もう禁軍将軍は…軍を率いれる者は誰もいないんですよお!!!貴方の足を止めるためにできることを全てやってあるのです!!!気がつかれたからには貴方も同じ運命ですよ主上!!!!弑逆の罪は、誰にだって擦り付けられる!!!!誰がいいですかな?霖雪??豪槍??それとも浩瀚のやつにでも王殺しの犯人となってもらいましょうか!!!!」
 その瞬間どこに隠れていたのか、飛び出した靖共の兵卒たちが目に影を宿し陽子に向かって迫り来る。一人を弾く。二人を弾く。だが三人目と四人目、その後が―――間に合わない。
(…!!)
一陣の風が吹いた。柔らかく風を切る音が響き渡る。次の瞬間には体勢低く走り込んできた人影が、陽子の周囲の兵卒を一掃していた。靖共も転がって呻いている。振るった刃から血糊を振って落としながら、その人は振り向いた。
「ご無事ですか?主上?」
 帥文君がゆったりと首を傾げた。その剣舞のあまりの速さに、陽子は声を失う。
 遠くから、異変を聞きつけたのだろう祥瓊と鈴がこちらに駆けてくる音が聞こえる。
「陽子?!」
「な、何があったの?!」
 だが陽子は、二人の声には反応しなかった。祥瓊と鈴は目の前に広がる現状に悲鳴を上げた。
額に手を当て陽子はうつむく。切りかかられた陽子の寝巻きははだけていた。それに気がついた帥文君は、ピクリと眉を動かし、自分の羽織ものを陽子にかける。礼を言おうと思ったのだが――その時代わりに陽子の口から滑りでたのは、感覚として走った言葉だった。
「…帥文君。やはりお前と私は以前に一度顔を合わせている」
ゆるりと帥文君が陽子を見る。動きを止めた祥瓊と鈴をよそに、帥文君は静かに首を傾けた。
「…何故、そう思われるのですか?」
「…思い出したんだ。今のお前の動きを見て。あの時のことを…」
 思い返すのは、王になる前。
彼を見た時文官にも関わらず、彼が体躯に恵まれていることが武道の道を歩んできた陽子の目に止まった。体つきは幼い頃に見た彫刻ラオコーンのようだと思ったが、出会ったその時はあまり気に留めていなかった。だが今思えば、彼がただの文官などではないことはそこで既に正直に語られていたのだ。

豪槍程ではなくとも、筋肉質で引き締まった均整の取れた身体。武芸の道に生きた今ならわかる。こんな体を作るのには、普段から相当量の武芸の訓練を積まなければ不可能だ。

この男は。

「お前、元武官だろう。違うか?登極する前、浩瀚様を救出する際に乗り込んだ征州の維竜州城で…お前と私は一度会っている。逆光で私の方から顔まではよく見えなかったけれど、味方であるはずの私を見つけた兵士を倒し、ひとり私を見逃した兵士。あれは――お前だ」
 今とまったく同じよう動きで、征州の維竜州城で陽子は彼に救われた。陽子の元まで駆けてきた鈴が、驚いて彼を見上げる。
 彼と王宮で出会った時のあの既視感は、記憶の中の外国人や彫像の体つきと重なったのではなく、出会う前に自分は彼を一度見ているからだ。無言だった帥文君を、差し込み始めた朝の光が低く射る。あの時は夕日だった。光を背にして顔に影を落とす彼の佇む様は、あの時と左右反転させた光景を陽子の前に描き出す。目を眇めた帥文君はふっと観念したように笑う。
「…バレてしまいましたか。できれば主上には隠し通したかったのですが…。今の剣舞を見せてしまってはもう無理ですねぇ。…さすがは主上」
 表情を変えない陽子に、帥文君は静かに拱手する。
視線をあげ、まっすぐ陽子と目を合わせた。
「…仰る通りです。…私はかつて、征州師中将軍を務めていました。主上と初めてお会いしたのも、まさにその時です」
 やはり元将軍か。今の剣舞の腕も相当なものだった。
「…何故あの時お前にとって敵だった私を助けた」
 眉根を寄せる陽子。微かに彼の顔に影が落ちる。
「ただの気まぐれです…。報告にはありませんでしたが、あの時一目見ただけで貴方が元麦州侯を救いにいらした彼のお仲間であることは分かりました。立場としても当時敵同士。少し昔の私だったら貴方たちの作戦など嬉々としてひねり潰していたでしょう。ですが―――その時の私は、そうする気が起きなかったのです…」
 すう、と帥文君は瞳に影を湛えたまま視線を上げる。
「私は…ただ直感的に賭けてみることにしたのです。あの時州師に所属しながら貴方たちのことを知った際、どうせだったらそちら側が成功すれば良いと思っていましたしね」
 陽子はただ静かに帥文君を見つめる。影を湛えた視線は眇められる。
「天命というものがあるとすれば、やはりあの時貴方が出会ったのが唯一、国に忠誠心を持っていない私であったことは意味があったのでしょうね。国がどうなろうと私はもうどうでも良かったけれど…それでも最後に、あの腐りきった州を滅茶苦茶な混乱状況に叩き落としてくれそうな予感を感じ、私は貴方を見逃したのですから…」
 人間は時として、不思議な直感が働くものです。そう帥文君は目を伏せて呟く。
(国がどうなろうとどうでもよかった…?)
 陽子は眉根を寄せる。益々、わからない。彼も文官でも謎が多い男の一人だ。何故、国に幻滅しているのなら彼はここにいるのだろうか。州師将軍を務めるなど、並大抵のことではない。現に桓魋を含めた、麦州師将軍たちは皆腕が優れた軍人だった。恐らく彼だって今回の特殊武官の選抜試験に出たとしてもくぐり抜けて合格しただろう。その上、この男は難関な今期の特殊文官の選抜試験を軽々とパスする程優れた頭脳を持っている。軍人の思考に縛られることをやめた彼は何を思って、ここに来たのだろう。
だが陽子が疑問を口にするより先に、帥文君のほうが口を開いた。
「さて…お話を続けたい所ですが…この方の始末や青辛さんのこともある。状況的にそうもいかないようです」
 するりと気だるそうに帥文君は視線を飛ばす。
「ねぇ?そろそろコソコソ隠れてらっしゃらないで、出てきたらどうですかぁ?龍熄さぁん?」
僅かに驚いて、陽子は振り返る。帥文君の視線の先、少し離れた支柱からふっとひとりの男が姿を現した。束ねた硬い髪が光に揺れる。帥文君の瞳がギラリとした光を湛えた。その光を見て、そして初めて朝日の中できちんと龍熄の顔を見たとき、桓魋と話していたこの男と耳にしたことのある彼の名が結びつく。
龍熄(りゅうそく)
慶国全土を、征州を拠点として荒らし尽くした匪賊の頭首の名。あまりにも被害が酷いのでついには征州師中軍が直々に討伐にあたることになったと聞いたことがある。ぶつかりあった州師軍と匪賊団との抗争で、周辺にかつてない程の壊滅的な被害が出たという話も有名だ。その頭がこの二人だったのなら、面識がない方がおかしいかもしれない。――この二人は元々敵どうしだったのか。
 龍熄を見、帥文君は目を眇める。
「皮肉ですねぇ。貴方が何でこんな所にいらっしゃるか知りませんが、貴方と私が同じ場所でこうして肩を並べるんて死んでもないと思っていましたよぉ~龍熄さぁん?」
 龍熄は小馬鹿にしたように片眉を跳ね上げる。
「俺はあんたがまだくたばっていなかったことの方が驚きだよ、帥文君」
「相変わらず酷いですねぇ~。幾度となく殺し合いをした仲じゃないですかぁ。貴方私のかわいい部下を何人手にかけたと思ってるんです?本当にゴキブリみたいですねぇ。潰しても潰しても貴方が生き延びるだけで匪賊団は息を吹き返す。最後まで貴方を捕まえて八つ裂きにできなかったことが私の州師将軍のやり残した仕事として一番の心残りなんですよぉ~??」
「ハッお望みとあらばもっと斬り刻んでやるよ、カマ野郎」
 気がつけば、陽子は龍熄の方に足を踏み出していた。コツリ、という音に振り向いた龍熄の視線が陽子に向く。陽子の瞳が眇められる。
「そうかお前が…龍熄か」
バサリと音を立て羽織ものを翻し、龍熄は膝を折って拱手した。
「はい。…ご挨拶が遅れました。龍熄と申します」 
 実際にお会いするのは二度目でしょうか、そうゆったりと龍熄は微笑む。暗闇の中桓魋と対峙していた時のこの男のことが頭をよぎる。
「お前の名前を思い出した…。まさか慶を出た時、桓魋から聞いていた大匪賊団の頭首とこんなふうに顔を合わせることになるなんてな…」
 敵として当たったら、相当な痛手を覚悟しろとかつて言われていた匪賊団。その頭が今、何の因果か味方として目の前にいる。
 目の前にいる帥文君、龍熄。征州北部一帯を壊滅させた男たち。二人共―――陽子自身も気がついていなかった、大きな戦力の要となり得る敵も知らない不確定要素。
「…力になってくれる気はあるのか」
 にっと龍熄の口元が弧を描く。
「ひとつだけ、約束をしていただけるのなら」
「…約束?」
 すっと龍熄の瞳が、今までにない真摯な光を帯びた。
「禁軍将軍の鎧を頂きたいのです」
 するりと、龍熄の視線が骸となった将軍たちが纏う鈍い光を放つ鎧へと向けられる。
「そもそも私はただ…そこの奴が着ている将軍の鎧が手に入ればそれで良いんです。そのために私はここまで来たんですから。そいつを頂けるんなら、何だってやってみせましょう」
「禁軍将軍の鎧…?何でこんなものが…」
 だが龍熄は、その質問には応えなかった。陽子は目を伏せる。
「お前の望みは分かった。…だが龍熄。お前がそんなことを言わなくても、私は初めからそのつもりだ」
抑えられ、様子を伺っていた靖共が、まさかと視線を上げる。陽子は静かに龍熄と帥文君を見据える。陽子はこの二人の男を見て直感的に感じていた。積み重なる将軍たちの遺体に苦しげに視線を落とす。禁軍将軍たちもいない、そして桓魋もいなくなった今。

 今いる味方の中で、最も軍を強く動かせるのは、この二人だ。

 敵も味方も予測し得ない不確定要素。波乱の匂いが立ち込める。戦いのうねりの始まりが渦を巻く。
「龍熄、帥文君。お前たちを、臨時的に禁軍の右将軍と中将軍に任命する」
 空気が変わる。周囲が一斉にどよめく。顔色が変わらないのは、龍熄、帥文君、そして――陽子。
「お前たちの力を貸してくれ」
 帥文君と龍熄が、一斉に陽子に向かって拱手をする。
「…畜生!!!」 
 床に押さえつけられた靖共は悔しそうに陽子を見てひとり目を眇める。陽子が冷たい視線で靖共を射る。
「残念だったな。どうやらお前の思惑は外れたようだ」
だが――――。靖共が悔しがったのは一瞬だった。そのすぐあと、くつくつと切り替えたように…靖共は嗤いだした。そんな靖共に祥瓊が詰め寄った。
「何がおかしいのよ!」
「ふん…よくよく考えてみたらそちらはまだ禁軍将軍となり得る人材を想定外に確保できただけ。あまりにもモノを知らぬ方々ばかりで嘲笑が止まらん」
 ぴくり、とその場にいた者たちの視線が靖共へと集まる。
「禁軍さえ動かせば、全ては収まる規模だとまだ思っているようだな。貴方がたは塙王からの要求が、慶と巧との州境で起こることばかりが全てだと思っておられるでしょうが…それだけではない。この馬鹿どもが」
 静かに陽子の瞳が細められる。
「どういうことだ」
 嘲笑を靖共は浮かべる。
「本当はもっと混乱した時に明かそうと思っていたが…致し方ない。禁軍将軍になり得る人材がいたのも…想定外。まさか…帥文君が紛れ込んでいたとは…せっかくすべてをなし崩しにしたのに、今そちら側に結束されると困るのです。…実はこの国は内部から腐っておりましてな。本来なら巧の協力などなくても、民を我らに売ってくれる州は存在するのです。貴方をおびき出すためにね…私が何を言いたいのか、貴方がたはもう分かるでしょう」
 鋭い視線の陽子、訳が分からず顔を見合わせる鈴と祥瓊。
 帥文君と龍熄の眉が上がる。無言を貫く帥文君に代わり龍熄の低い唸り声が落ちた。
「オイ…そりゃまさか…」
「ハハハハハ!!そうだ下郎、そのまさかだ!!!お前らの敵は塙王と私だけではない!!!もっとこの国をあらかた食いつくそうとしていた女がいたのを忘れたか!!!」
 靖共は高らかに嗤う。赤子、貴方への伝言だ。
「貴方が取り逃がした舒栄が、本日正午和州州城の上空で貴方をお待ちです。我らは既に和州の民を駒として使える。貴方が来なければ、既に我らが占拠している和州の民は皆殺しだ」
 初耳でしょう?と嗤う靖共に鈴が唖然とし、祥瓊が口元に手を当てる。周囲一体が静まり返る。
「本当に馬鹿馬鹿しくて笑えてきますよ。私は自らの地位が守れればそれでいい。塙王の思惑を止めるために走った半獣の青辛など捨て駒」
 残虐な笑みを愉しげに靖共は浮かべる。目を見開いた陽子の翡翠の瞳に映し出された姿が歪む。

「最初から私共の本当の狙いは―――――貴方ですよ、主上」


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