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四年よ。四年が限度ってところかしら。
めまぐるしく季節は巡る。
――その時既に、この言葉から…四度目の春が来ていた。



 沈黙だけが、その場を満たす。
 桓魋は目を見開いて、自分の微かに震える掌を見つめ、そうしてゆっくりと陽子を見る。砂嵐が吹き抜けて、青く萌える足元の草花がなぶられる。
自分の状況が、訳が分からないまま、揺れる視線が、ただひとりに辿り着く。陽子の瞳と自身の瞳がかち合った瞬間、彼はばっと胸に手を当て、後ろにたたらを踏んだ。
「桓魋?!」
 微かに恐れにも似たものが、桓魋の脳裏を過る。あの時と、同じように。向き合ってはいけないと、頭のどこかで誰かが警鐘を鳴らす。
 陽子の瞳が近い。紅の髪も、何もかも。
 胸の鼓動が、ただひたすらに――熱い。喉が焼けるような苦しさが胸を炙り、目眩がする。熱にほうけたように、頭がくらくらする。

 胸が、苦しい。

 何故目の前の少女に、激しい動悸を覚える?胸が焦がれる?すぐそばに近づくだけで、目を見るだけで、引き込まれる。意思も意地も何もかも関係なく。そしてこの少女を抱き寄せて、男として柔らかい唇を我武者羅に――奪いたくなる。
 以前入浴時の入れ替わりのときに鉢合わせてしまった、裸の陽子のすらりと伸びる足が脳裏に焼きついて離れない。
 自分の衝動に、桓魋は雷に打たれたように瞠目した。

――まさか。俺は。嘘だ。―――有り得ない。

 刺し貫かれたように、桓魋は胸を抑えたままふらりと一歩後ろに足を踏み出す。一歩踏み出したら、後はもう…止まらなかった。 
「桓魋?!」
 気がつけば身を翻していた。陽子が驚いて自分を呼ぶ声がしたが、振り向かなかった。振り向けなかった。
 あっという間に何もかもを引き離しながら、桓魋は走った。何から遠ざかろうとしているのか分からない。いや、本当は自分自身から一番遠ざかりたいのに、そうすることを、誰も許してはくれない。誰よりも、自分自身が許してくれない。
 誰も追いつけぬ速度で駆ける中、頭の中で、かつて出会った女の声が囁いた。

 四年よ。四年が限度ってところかしら。その年を越えたら、貴方はあの子を子供とは認識できなくなるでしょうね。
 私の言っていることが、きっと今は分からないと思うわ。だってそんな顔をしているもの…。だけど、必ず痛いほど分かる日が来る。あの子も気がついていない、そうして何より、あなた自身が、気がついていないことを知る日が。

 声だけが反響して、頭の中を駆け巡る。息が荒く、夢中で駆けながら、桓魋は声を頭から振り払おうと躍起になった。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。――やめてくれ。
 それでも声は止まらない。

 貴方はあの子のことをまだ子供だとたかをくくっている。今はそれで良いのかもね。だけど…本当に分かっていないと思うわ。だってこれからあの子は誰よりも美しくなるんですもの。どんどん、どんどん。
 そして貴方はいつか、年齢を言い訳にできなくなる日が‥やってくる。

 それが私は――面白いの

 陽子の顔が心に浮かぶ。無愛想に俯いた顔も。安堵したような顔も。くすぐったそうな顔も。静かに怒る顔も。その後、照れくさそうに微笑む顔も。
人気のない、打ち捨てられたように寂れる細径で桓魋はがくりと足を止める。もがくように桓魋は叫んだ。
「あいつは…陽子は…子供だ…!!」
 そうだろう?頼む、そうだと‥言ってくれ。まだその場所にいてくれ。俺から言い訳を取らないでくれ。俺の心を暴かないでくれ。
誰にこたえを求めているのか、それさえも分からず、桓魋はもがいた。
陽子の面影が濃くなる中で、子供だって?!と相反するように嘲笑う別の声が彼の脳裏を刺し貫いた。太い男の、声、だった。

 あいつはな…もう立派な娘…〝女〟だよ。何であんたがそこまでしてあいつを子供という分類にぶち込みたいのか、俺には全くの理解不能だよ。左将軍。

 嘲笑う男の顔は既に薄れている。それなのに…その声だけが、聞いたときよりも遥かに克明に耳元で響き渡った。

 何をそんなに足掻いている?何をそんなに躊躇っている?州師史上最強の将軍ともあろう男が一体何に――戸惑っている?
 
 目を見開く桓魋。その時は聞き流そうとしていた過去の言葉が、今になって彼を振り返って、嗤う。

 あいつが‥陽子が今いるのは――刹那の時だ。いつ終わるかも分からない瞬間…。確かに未熟なことも多いかもしれない。大人に比べたら無いものも多い。だが…だけどな、大人と子供、そのふたことに分けることが出来ない今の瞬間は‥

 滲むような声が、耳元を撫でる。またしても男の声だった。だけど、先ほどのような粗野で下品な声ではなく、今度は深くて、どこか不器用な優しさが含まれた声、だった。
 呆然とする彼の目の前に、紅の幻が見える。最初は幼い陽子の後ろ姿が、急速に年を重ねていく。ゆったりと振り返った陽子は、太陽みたいに桓魋に笑いかけた。声が、響く。

 それは一番‥人が美しい時なんじゃないかと、俺は思うんだ。

 目の前の陽子の映像が、脆く輪郭を崩していく。指を伸ばしても、陽子の笑顔には触れられずに、温かい笑顔はほどけて消えた。

 ――――俺があの子の道を阻んでどうする…!!

 陽子が彼の元から巣立つ日なんてそう遠く無いことくらい、頭では理解している桓魋は自身の心を知るわけには、いかなかった。目を向けるわけには、いかなかったのだ。最初惺拓に陽子を奪うと宣言された時、本当はおもしろくなかったことを。誰かと幸せになる陽子のこれからを。そしてそれを思うだけで掻きむしりたくなるくらいの嫉妬に駆られてしまいそうな自分自身を。
 何もかもが、ままならない。かつて娘を取られる父親のように、それでも最後は彼は彼女を祝福するのだと思っていた。それなのに…

 花向けの言葉なんて、贈れない。

 気がついては、いけなかった。
 表面上はさんざん女扱いしないでおきながら、ただひとりの女性として見ていたのは彼女だけだったということを。

 自分が陽子に恋をしていることを――。
 
(俺は‥俺は‥!)
 激しく、胸元を抉るように握り締める。
ずるずると壁に打ち付けた手のひらが滑り落ちる。黄昏に沈むその場は沈黙が満ちる。痛いくらいに激しく打ち鳴らされる拍動の音だけがうるさい。
暴かれた自身の心に、胸に手を当てて桓魋はくの字に折り曲げる。蹲るその姿は…まるで、許しを請うような体勢だった。

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 静かに、日の光は地平線に身を沈めていく。
舎館の大門の前の無機質に伸びる石階段に腰を下ろし、桓魋が戻ってくるのを待っていた陽子。彼が疲れきったように影を伸ばして歩いてくるのが見えた時、彼女は思わず石段から腰を浮かせた。
「桓魋!」
 手を大きく振れば、彼女の存在に気がついた桓魋の目が見開く。

 それから彼は――疲れたように笑い返した。

「桓魋‥大丈夫か?体調が悪いのか?」
 陽子は彼を見上げ、本気で心配していた。
「さっきはすまなかった‥」
 今日はもう休もう、と桓魋は舎館の方へ顔を向ける。いつもの頼れる桓魋に、陽子はほっと息をついた。だが、体調が悪いという彼の背をさすろうとした時、桓魋の体が驚く程反応した。
「?」
 ばっと距離をとりながら、桓魋は咄嗟に陽子から顔を背ける。その様子を見て、陽子は不思議そうに首を傾げる。やっぱり体調が悪いんだろうなということが陽子の中で結論づけられた。
 彼の中で何があったかなんて、そんなこと陽子には分からない。桓魋を気遣いながら、おみまいの言葉を贈って、陽子は自分の房間に消えていった。
「はーっ…」
 ひとまずなんとか陽子と普通に顔を合わせられたことに安堵した。房間に入った瞬間、激しい動悸を抱えたまま、桓魋はずるずると扉にもたれて座り込んだ。

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「陽子!桓魋!」
 舎館の大門で、ひらりと手を振る美丈夫一人。
 出てきた桓魋は呆れ顔でため息をつく。横で陽子が嬉しそうに手を振るのを気配で感じた。利広と出会ってから約束の三日目の朝。空は清々しい晴天だ。
 桓魋は利広を見て、額に手を当てる。
「今日は本当に王が来るのか?王なんて見たことないから想像がつかんな」
 桓魋が生まれた時から、慶に王はいなかった。王というのはどういう人物が選ばれるのだろう。とてつもない常人とは違う何かを持っているのか。例えば、覇気なんかのようなものを。そう思った時、覇気という単語から、かつて会った黒髪の偉丈夫が連想されたが、その人物を桓魋は頭の隅から追いやった。
利広は桓魋の方を興味深げな表情で見つめたまま、からかうような笑みを浮かべてみせる。
「ここで嘘言ってどうするの。それに供王様は大変お可愛らしい御方だよ。一見の価値有りだと僕は思うけど?」
「‥まるで供王本人に会ったことがあるような口ぶりだな」
 利広は柔らかな笑みを浮かべたまま、その質問には何も応えなかった。物腰は柔らかいが、彼の頑固な側面が見えた気がした。この先は何を言っても爽やかな笑みで流されるだけだろう。
「行こうか」
 利広はゆるく束ねた黒髪を翻す。
 その後を、桓魋と陽子が式典に沸き立つ周囲を見回しながら続いた。
「それにしても‥やっぱりすごい装飾だ‥。皆きちんと身なりを整えている」
「でしょ?」
 振り返った利広が、陽子に向かって片目を瞑ってみせる。陽子は自分の着ている袍を指でつまんだ。
「いつもどおりの服装で来てしまった‥。こんな格好だが大丈夫かな」
「大丈夫だと思うよ。陽子はどんな格好をしていてもさまになるし。それに‥」
 ふっと柔和に微笑んで、彼は少し遠くに視線をやる。端正な横顔が見ているのは何なのだろう。微笑みながら、すっと利広の瞳に、一点の怜悧な光が浮かんだ。
「彼女が人を見る基準は、身なりなんかじゃないからね‥」
「‥え?」
 どういうことですか、と口を開こうとした矢先、利広はポンと陽子の背を叩く。驚いて目を白黒させる陽子に、弾けるように利広は笑った。
「要は人は外見じゃないってことだよ。それに、着飾らないのは君の魅力の一つだと僕は思うんだけどねぇ」
「そ‥うですか。あ、ありがとうございます」
 その時、桓魋は思わず照れる陽子の表情を凝視してしまった。気をつけていたのに、ボーッと顔を赤くして見つめてしまい、その時に利広と目があった。
 純粋に死にたくなった。
 利広は実に面白そうなものを見る目で桓魋を見る。桓魋を尻目に、あ、あそこ見て!と遠くを指差しながら、さりげなく陽子の肩を抱く。陽子が利広の指につられて視線をそちらに飛ばした隙に、桓魋を振り返ってとてもうざい爽やかな笑みを見せてくれた。
「貴様…」
「?桓魋?」
 今にも吹き出しそうな利広を、刺してやりたいと真剣に思ったのはここだけの秘密だ。
 そんな桓魋たちをよそに、いつの間にかたどり着いていた連檣広途の中大緯には、既に大きな人だかりが出来ていた。気を抜いたら人波にさらわれてはぐれてしまいそうだ。供王とこの国の台輔を交えた一叢(ひとむら)は、中大緯、右大経、左大経を御輿に担いで練り歩く予定らしい。突然ざわめいていた周囲が、息を潜めて静かになる。視線を泳がせる陽子に、利広は零した。
「お、そろそろ来るみたいだ」
 のんびりとした口調で、利広は手でひさしをつくって額に当てる。聞き返す間もなく、陽子が目をしばたいた瞬間、盛大に管楽器が鳴り響く音が耳を貫く。
 研いだとしか思えないその鋭さに、陽子は反射的に手で耳を塞いだ。
遠方から、こちらに歩んでくる仰々しい一団が薄らいで見えてきた。二旅を超える兵卒たちが、広大な連檣の通りを歩んでくる。先頭を歩むのは二列に別れた、この日のために特別に誂えられた重層な美しい鎧を纏う一卒の兵士たちだ。毛並みの美しい騶虞が何頭か、優雅にその合間を歩く。複雑な光彩を放つ瞳、背骨が波打つ。美しい笛の音が響き渡り、音階の違う鈴がいっせいに打ち震えてその場を幻想的に彩るのが、僅かに開いた耳と指の隙間から流れ込んで聞こえた。
 一叢(ひとむら)の中心に、騶虞が三頭かけて引く高さを持つ、玄武を象った絢爛な御輿が見える。恐らくあの中に、王と宰輔が居るのだろう。前方は薄く紗が下ろされていて中の様子を伺うことは出来なかった。両脇を兵士に囲まれたそこは、特に空気が尖っているように感じられた。
(すごいな‥)
御輿の屋根には鳳凰・葱花などが彫られていて、その頂点には美しい小さな麒麟が在るのが分かった。金から彫り起こされたそれは、双眸に紅玉がはめられている。遠方にある御輿の、側方の天蓋が上がっているのか下がっているのか、この角度からは分からなかった。
 彼らの足取りが近づいてきて、陽子は更に隙間が無いようにきっちりと耳を指で塞ぎ俯く。
次の瞬間、爆発するような歓声が、ひしめき合った人々の波から沸き起こった。
震える空気の温度が上がった。影が自身の上に振り落ち、陽子は振り仰ぐ。自分の見た光景に、陽子は思わず口を開けた。
目の前の自分の目線より遥かに高い位置を、滑るように騶虞に引かれる御輿が流れていく。

その刹那――陽子は僅かに開いた天蓋の隙間から、ひとりの少女を見た。

「‥!!」
 白く整った顔がこちらを向いた。輪を作るように整えられた前髪が揺れ、複雑な形に結い上げられた黒の御髪の上に簪が彩りを落とす。天涯の僅かな隙間から、群衆の中にまぎれる翡翠の瞳を、切り離された場所に位置する澄み切った青水晶の瞳がみとめる。青水晶が翡翠を捕らえ、視線が交錯したのは一瞬だった。
でも確かに、行き交った。
 櫓(やぐら)の上から陽子に落とされる興味深そうな視線。陽子の後ろの桓魋にも視線は落とされ、だがその瞳が隣の利広にずれた瞬間、少女の表情に動きが走った。
 渋面を作ったようにも見えた少女の顔は、攫われるように消えていく一瞬の間に、それ以上見ることは叶わなかった。
(なんて、可愛らしい子なんだろう‥)
 おそらくは彼女こそが 恭州国国主 供。史上最年少と謳われる弱年十二の少女王、蔡晶であろうが、彼女の四倍近く生きてこの国を統べる王に、陽子は素直にそう思った。
 何故彼女が見ず知らずであろう利広に、渋面作ったのは分からなかったが、陽子が隣を見れば当の本人である利広はにこりと笑んだだけだった。
 名残惜しそうに、御輿の後ろ姿を見つめる陽子。だが、次の瞬間、陽子は先の群衆の方から微かな違和感を覚えた。
「‥?」
 陽子は眉をひそめる。御輿がまだ通過していない場所の群衆に、陽子は焦点を合わせる。
(‥何だ‥?)
群衆から、その上空の背を伸ばす主楼へと視線を泳がせたその瞬間――違和感の正体を、陽子は見た。

 きらりと、その場では見えるはずのない金属質な輝きが、主楼の窓にあった。
太陽の光を反射して、眩しいくらい冷たく美しい輝きを放つそれを、弓の矢じりだと理解する前に、桓魋も異変に気がついたのを陽子は感じた。
室内の薄暗い闇の中、弓の照準を合わせる男の目は、ただ一つ、御輿だけを燃え上がる目で睨(ね)めつけている。
(まさか‥!)
背筋を寒気が駆け抜ける。異変に‥気がつけいているものは桓魋と陽子のみのようだ。
 私怨か、第三者あっての思惑か、とにかく分かることは周囲は鉄壁とも言えるほど完璧な防壁が出来ているが、上空はがら空きだということだ。あの御輿の上空には、弓を遮るものは何もない。
「陽子!」
男が何をするつもりか理解する前に、気がつけば陽子の足は群衆の合間を縫って駆け出していた。桓魋の声が聞こえたが、陽子は止まらない。きっちりと線引きされた群衆から飛び出して、陽子は王の一行が乱れぬ列を描いている広途中央に躍り出た。
「な、何だあいつは?!」
 無機質な鎧の中に現れた紅に、悲鳴と驚愕の声が、周囲から一気に沸き起こる。陽子が焦点を当てている男が一瞬怯んで彼女の方を見たのが見えた。時間がない。
「?!何者だ、貴様!!何の真似だ!!」
 王を狙われていると踏んだ兵卒たちが一斉に振り返って武器を構えるが、それより早く、陽子はその場から疾風のように駆け出していた。
「止まれ!!」
 違う。敵は、私じゃない。
突き出される刃をものともせずに身軽にかわしていく陽子は、恐ろしい速度で駆けていく。一瞬驚いたあの男はこれが機会とばかりに、今にも混沌に紛れて弓を射ようとしていた。この距離では、男の元まで――間に合わない。
「陽子!!」
 叫ぶ桓魋が同じように突進しようとしたその時、誰かが桓魋の腕を掴んだ。思いがけず強い力に、桓魋は驚いて振り返る。そこには笑みを消した真摯な表情の利広の顔があった。
「そっちは駄目だ!こっちだ、こっちから行って抑えよう!」
 利広に引かれて、一瞬迷いかけたが、即座に判断を下した桓魋は彼に従い群衆の中に姿を消した。陽子は恭国の王師の兵たちの合間を刃をかわしながら、身を低くして、時に高く飛びながら凄まじい速度で掻い潜っていく。
 男の目が僅かにわらったのが、陽子には見えた。御輿から、あの少女が顔を出しかけてこちらを見ようとしたのも、陽子には見えた。

 男の手が素早い動きで弓を引き絞り、筋肉が盛り上がる。誰にも気づかれない場所から、ほくそ笑む男の表情が、翳る。
辿り着いた御輿のすぐ傍、その前方に向かって地面を蹴って陽子は高く飛ぶ。

 彼女が足場に御輿の台座を踏んで蹴るのと、御輿に向かって矢が放たれたのは、同時だった。王めがけて真っ直ぐに吸い込まれていく一本の弓矢。その時になって兵士たちが驚いて、弓矢を目で追う。
御輿の中で黒髪の少女が目を見張り、影が蠢くが――間に合わない。
群衆には何が起ころうとしているのかも分からないその瞬間に、鞘から剣身を抜き放った陽子は声の限りに、叫んだ。

「させるかああああぁあ!!」

 紅が翻る。空を裂いて死の輝きが少女王に迷いなく突き進む。

 翡翠の瞳の少女の刃が、空中で――弧を描いた。



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