プロローグ
あるの少女の独白



 もしあの時、私が母を探しに家を出なかったら…。熱い日差しに揺らぐ陽炎を追ったりしなかったら、私と貴方が出会うことなんてなかったのだろうか。

 私は貴方の存在も知らず、そして貴方も私の存在も知らず――生きて。

 私はこの世界で普通の少女として年を重ね、そうして普通の人生を、普通に過ごしていったのだろうか。
 そんなこと、何もかも有り得ない今となっては、考えても何も意味がないのかもしれない。
 だけど、分かっていても。そもそもこの命題に良悪の二元論が当てはまらなくても尚、私は問わずにはいられない。自分の身に起こったことが、良いことだったのか、そうではないのか…。
 世界は複雑に絡まりすぎて、何が良かったかなんて、分からない。でも少なくとも私には、もう二度と故郷に帰れないこと、両親にも会えないことが良いことだったなんて、口が裂けても言えないんだ。起こった出来事すべてに意味を見いだせる程、私は世界を信じていない。だって世界は私の目の前から、何もかもを翻して消してしまったんだから。

 だけど…だけど、たった一つ、これだけは言えることがある。

 この世界は私から何もかもを奪った代わりに、わたしにひとつの出会いをくれた。
 暗闇の中で、貴方と私は…出会った。



 貴方との出会いは、貴方の存在は、私にとってのすべてだ。
 どうしようもないこの世界で、それだけが私にとっての救いなんだ。



 こんなことを言う私を、貴方は…笑うだろうか?



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